後遺症が軽佻な場合の逸失利益について

交通事故事件において,後遺症が残存してしまった場合,事故前に比べて,仕事に影響を与えることがあります。

そして,交通事故に起因して残存してしまった後遺症に基づく仕事への悪影響から生じた収入の減少は,後遺症に基づく逸失利益として,損害賠償を請求できるのが原則です。

では,後遺症が残存してしまったことをもって,かならず,労働能力減少に伴う収入減少を逸失利益として請求できるのでしょうか。

この点,最高裁判所は,「昭和56年12月22日最高裁第三小法廷判決」において,下記の通り述べて,後遺症が認められるという一事をもって財産的損害を認容した原審を論難しています。

昭和56年12月22日最高裁第三小法廷判決

かりに交通事故の被害者が事故に起因する後遺症のために身体的機能の一部を喪失したこと自体を損害と観念することができるとしても、その後遺症の程度が比較的軽微であつて、しかも被害者が従事する職業の性質からみて現在又は将来における収入の減少も認められないという場合においては、特段の事情のない限り、労働能力の一部喪失を理由とする財産上の損害を認める余地はないというべきである。
ところで、被上告人は、研究所に勤務する技官であり、その後遺症は身体障害等級一四級程度のものであつて右下肢に局部神経症状を伴うものの、機能障害・運動障害はなく、事故後においても給与面で格別不利益な取扱も受けていないというのであるから、現状において財産上特段の不利益を蒙つているものとは認め難いというべきであり、それにもかかわらずなお後遺症に起因する労働能力低下に基づく財産上の損害があるというためには、たとえば、事故の前後を通じて収入に変更がないことが本人において労働能力低下による収入の減少を回復すべく特別の努力をしているなど事故以外の要因に基づくものであつて、かかる要因がなければ収入の減少を来たしているものと認められる場合とか、労働能力喪失の程度が軽微であつても、本人が現に従事し又は将来従事すべき職業の性質に照らし、特に昇給、昇任、転職等に際して不利益な取扱を受けるおそれがあるものと認められる場合など、後遺症が被害者にもたらす経済的不利益を肯認するに足りる特段の事情の存在を必要とするというべきである。

 つまり,「後遺症の程度が比較的軽微であつて、しかも被害者が従事する職業の性質からみて現在又は将来における収入の減少も認められないという場合においては…労働能力の一部喪失を理由とする財産上の損害を認める余地はない」との原則論をしめしたのです。

 そのうえで,①「事故の前後を通じて収入に変更がないことが本人において労働能力低下による収入の減少を回復すべく特別の努力をしているなど事故以外の要因に基づくものであつて、かかる要因がなければ収入の減少を来たしているものと認められる場合」とか、②「労働能力喪失の程度が軽微であつても、本人が現に従事し又は将来従事すべき職業の性質に照らし、特に昇給、昇任、転職等に際して不利益な取扱を受けるおそれがあるものと認められる場合」など、という、例外の例示を挙げました。

 つまり,「後遺症の程度が比較的軽微であつて…職業の性質からみて現在又は将来における収入の減少も認められない…場合」であっても,上に例として挙げられたような「後遺症が被害者にもたらす経済的不利益を肯認するに足りる特段の事情」があるような場合は,後遺症に基づく逸失利益が肯定される余地があるとしたのです。