民法上の不法行為における正当防衛・緊急避難・自力救済

民法720条は、国家の救済を待つ猶予がないときに、違法性を阻却する自力救済の場面を規定します。

正当防衛、緊急避難については、これが成立した場合不法行為は成立しません。

また、明文がない自力救済も判例上、一切否定されているわけではありません。

正当防衛

  他人の不法行為に対し、自己又は第三者の権利又は法律上保護される利益を防衛するため、やむを得ず加害行為をした者は、損害賠償の責任を負わない。ただし、被害者から不法行為をした者に対する損害賠償の請求を妨げない。

民法720条1項

緊急避難

他人の物、例えば放し飼いのペットや未整備の工作物などから発生する危難を避けるために、放し飼いのペットに噛み付かれそうになったので、叩いて追い払ったり、未整備の工作物が崩れる危険があるため、崩壊の危険のある部分を除去した場合など、緊急避難の要件を満たせば不法行為は成立しないことになります。

  前項の規定は、他人の物から生じた急迫の危難を避けるためその物を損傷した場合について準用する。

民法720条2項

平成 3年 3月 8日最高裁第二小法廷判決・民集45巻3号164頁

河川(境川)に無許可で設置された鉄杭が川を走行する船舶にとって危険な状況でした。

そこで、浦安町が危険な鉄杭を除去した行為について最高裁判所は、民法720条2項の法理に照らして適法と判示しています。

浦安町は、浦安漁港の区域内の水域における障害を除去してその利用を確保し、さらに地方公共の秩序を維持し、住民及び滞在者の安全を保持する(地方自治法二条三項一号参照)という任務を負っているところ、同町の町長として右事務を処理すべき責任を有する上告人は、右のような状況下において、船舶航行の安全を図り、住民の危難を防止するため、その存置の許されないことが明白であって、撤去の強行によってもその財産的価値がほとんど損なわれないものと解される本件鉄杭をその責任において強行的に撤去したものであり、本件鉄杭撤去が強行されなかったとすれば、千葉県知事による除却が同月九日以降になされたとしても、それまでの間に本件鉄杭による航行船舶の事故及びそれによる住民の危難が生じないとは必ずしも保障し難い状況にあったこと、その事故及び危難が生じた場合の不都合、損失を考慮すれば、むしろ上告人の本件鉄杭撤去の強行はやむを得ない適切な措置であったと評価すべきである(原審が民法七二〇条の規定が適用されない理由として指摘する諸般の事情は、航行船舶の安全及び住民の急迫の危難の防止のため本件鉄杭撤去がやむを得なかったものであることの認定を妨げるものとはいえない。)。  

そうすると、上告人が浦安町の町長として本件鉄杭撤去を強行したことは、漁港法及び行政代執行法上適法と認めることのできないものであるが、右の緊急の事態に対処するためにとられたやむを得ない措置であり、民法七二〇条の法意に照らしても、浦安町としては、上告人が右撤去に直接要した費用を同町の経費として支出したことを容認すべきものであって、本件請負契約に基づく公金支出については、その違法性を肯認することはできず、上告人が浦安市に対し損害賠償責任を負うものとすることはできないといわなければならない。

平成 3年 3月 8日最高裁第二小法廷判決・民集45巻3号164頁

事案の概要

1 河川法適用の一級河川である境川は、旧江戸川から分岐し、浦安市市街地部分(約二キロメートル)、第一期埋立地部分(約1.5キロメートル)、第二期埋立地部分(約1.4キロメートル)を経て海に注ぐ河川であり、千葉県知事がその管理権を有し、その管理権の現実の執行は、出先機関である千葉県葛南土木事務所長(以下「葛南土木」という。)が行っている。   

2 浦安町(昭和五六年四月一日より市制を施行して浦安市となる。)に所在する浦安漁港は、「大字猫実地先船溜防波堤南端を中心として半径六百五十メートルの円内の海面及び境川取入口中心部を中心として半径百五十メートルの円内の江戸川河川水面のうち千葉県地先分並びに境川河川水面」をその区域内の水域とする漁港法所定の第二種漁港であり、同町が漁港管理者に指定され、その維持管理をし、上告人が同町の町長として右管理権を行使していたが、同法二六条の漁港管理規程(以下「漁港管理規程」という。)は制定されていなかった。   

3 境川においては、昭和四九年ころに始まったヨット、モーターボートの河川法所定の許可を受けない不法係留や木杭等の係留施設の不法設置が同五二年ころから増加し、そのため境川を航行する一日約一六〇隻の漁船等の水路が狭められ、船舶の接触、破損等の事故が発生して漁民等からの苦情が多くなり、同五五年五月にその対策を検討する境川ボート調査委員会が浦安町に設置されたが、その当時、境川の第一期埋立地部分に約一三五隻のモーターボートが、第二期埋立地部分に約五〇隻のヨットが不法に係留されていた。   

4 浦安町は、昭和五五年六月四日午前一〇時過ぎころ、右の第一期埋立地前面から第二期埋立地前面に至る間に鉄骨様のものが打ち込まれ非常に危険なので早急に対処してほしいとの地元漁師からの通報を受け、直ちに調査したところ、第二期埋立地高洲地先の川幅四三メートルの境川の河心(右岸から約21.5メートルの地点)及び右岸側(右岸から約1.5メートルの地点)に、長さ一二メートル及び一〇メートルの鉄道レールが約一五メートルの間隔で、二列の千鳥掛けに約一〇〇本、全長約七五〇メートルにわたり打ち込まれていて(以下この鉄道レール杭を「本件鉄杭」という。)、船舶の航行可能な水路は、水深の浅い左岸側だけであり、照明設備もなく、特に夜間及び干潮時に航行する船舶にとって非常に危険な状況であることが判明した。

そこで、浦安町では、本件鉄杭を直ちに撤去させるべきであるとの意向を固め、本件鉄杭の打設者を捜す一方、従前の境川の管理執行方式に従って葛南土木に対し本件鉄杭の早急撤去方を要請した。葛南土木は、浦安町の埋立工事を所管する千葉県企業庁葛南建設事務所からもその撤去の要請を受けたので、同日その打設者であるサンライズクラブ(権利能力なき社団)の代表者池内慧(以下「池内」という。)に対し本件鉄杭の至急撤去を要請し、池内から翌五日中に撤去する旨の回答を得た。  

なお、本件鉄杭の打設は、浦安釣船協同組合設置の桟橋下流に水管橋が架設されることとなったが、右桟橋等に係留のヨット約七〇隻のマストを立てての水管橋下の通過は不可能であることから、その架設前に右水管橋の下流に右ヨットの係留施設を設置せんとしたためのものであり(本件鉄杭の購入代金は約二七〇万円、その打設工事費等は約一四〇万円である。)、サンライズクラブは既に多数の会員に、右ヨットを同月七日及び八日に一斉に移動させ、本件鉄杭に係留することを通知しており、浦安町は、右ヨットの移動計画を葛南建設事務所から聞知した。   

5 浦安町は、同年六月五日、池内の前記回答どおりの同日の本件鉄杭の撤去につき調査したが、右撤去実施の様子は全く認められなかった。上告人は、船舶航行の安全及び住民の危険防止の見地から本件鉄杭の強制撤去を葛南土木に強く要請したが、同月八日以前の撤去はできないとのことであったので、千葉県当局が撤去措置をとらないのであれば浦安町が独自に撤去する旨を通告し、境川ボート調査委員会を招集して強制撤去を決定し、三井不動産建設株式会社(以下「三井不動産建設」という。)と右撤去工事の請負契約(代金一三〇万円。以下「本件請負契約」という。)を締結した。他方葛南土木は、同月五日午後四時ころ本件鉄杭の同月六日中の撤去を指示する「不法設置工作物の撤去について」と題する文書を池内に交付した。   

6 同年六月六日午前八時二〇分ころ浦安町職員らが現場に到着したが、池内の右撤去作業開始の気配がなく、既に三隻のモーターボートが本件鉄杭に係留されていたので、説得して退去させた上、同日午前九時から翌日午前零時四〇分までの間に右職員及び三井不動産建設の従業員によって本件鉄杭が撤去された(以下この撤去を「本件鉄杭撤去」という。)。そのためサンライズクラブの会員は、同月七日早朝ヨットを移動させるため集合したが、その移動を中止した。   

7 浦安町は、同年七月二一日、上告人の命により本件鉄杭撤去に従事した同町職員六名に対し合計四万八二七四円の時間外勤務手当(以下この手当を「本件時間外勤務手当」という。)を支給し、同年一二月二六日、三井不動産建設に対し右撤去工事請負代金(以下「本件請負代金」という。)一三〇万円を支払った。  なお、千葉県は、昭和五八年一二月一日付けで浦安町と水門等管理委託追加契約(同五八年一二月一日から同五九年三月三一日までの水門等付近のパトロール業務の委託契約)を締結し、これにより同五九年五月二六日委託費として同市に一三七万九〇〇〇円が支払われている。

平成 3年 3月 8日最高裁第二小法廷判決・民集45巻3号164頁

自力救済

明文のない自力救済について、裁判所は「私力の行使は、原則として法の禁止するところであるが、法律に定める手続によつたのでは、権利に対する違法な侵害に対抗して現状を維持することが不可能又は著しく困難であると認められる緊急やむを得ない特別の事情が存する場合においてのみ、その必要の限度を超えない範囲内で、例外的に許されるものと解することを妨げない」と判示しています。

  私力の行使は、原則として法の禁止するところであるが、法律に定める手続によつたのでは、権利に対する違法な侵害に対抗して現状を維持することが不可能又は著しく困難であると認められる緊急やむを得ない特別の事情が存する場合においてのみ、その必要の限度を超えない範囲内で、例外的に許されるものと解することを妨げない。しかしながら、原審認定の本件における事実関係のもとにおいては、右のごとき緊急の事情があるものとは認められず、上告人は法律に定められた手続により本件板囲を撤去すべきであるから、実力をもつてこれを撤去破壊することは私力行使の許される限界を超えるものというほかはない。したがつて、右と同趣旨の見解のもとに、右板囲を実力によつて撤去破壊した上告人は不法行為の責任を免れないとした原審の判断は、正当である。所論は、ひつきよう、独自の見解に基づき原判決を非難するものであつて、採用のかぎりではない。

昭和40年12月 7日最高裁第三小法廷判決(昭38(オ)1236号 占有回収等請求事件)