スキューバダイビングと漁業権(潜水料の法的根拠)

事案の概要

平成12年11月30日東京高裁判決(平12(ネ)2340号 損害賠償請求控訴事件)は、スキューバダイビングについて潜水整理券を発行して大瀬崎地先の海域において潜水を行うダイバーから潜水料として一人一日当たり三四〇円(内消費税一〇円)を徴収していることが、何ら法律上の根拠に基づかないものであると主張して平成元年九月一六日から平成五年五月一〇日までの間、少なくとも二八七枚の潜水整理券(以下「本件潜水整理券」という。)を購入した代金合計九万七五八〇円の返還を求めた事例の差戻控訴審です。

差戻控訴審結論

同事案で裁判所は、下記のとおり認定して漁業協同組合がダイバーから徴収している潜水料について法的根拠があると判断しました。

被控訴人と控訴人との間においては、控訴人が本件潜水整理券を購入して代金を支払った各時点において、「被控訴人が潜水整理券の購入者である控訴人に対し前記潜水スポットでの潜水を許容して自己の漁業権への侵害を受忍し、かつ、被控訴人の組合員をしてその潜水スポットでの漁業操業をその日一日に限り差し控えさせ、もって控訴人の潜水の自由と安全を保障し、他方、控訴人においては、自己の潜水による被控訴人の漁業権への侵害に対する損害の賠償及び自己の潜水の自由と安全を被控訴人が保障したことの対価として、潜水料を支払う。」旨の合意が成立し、その合意(以下「本件合意」という。)に基づいて潜水料が支払われたものと認めるのが相当である。そして、控訴人もその内容を認識した上で本件潜水整理券を購入し続けたものと認めるべきである(控訴人も、本件潜水整理券を購入した際には、被控訴人が潜水料徴収の権利を持っているのだろうと思っていた旨を主張している。)。
 …そして、以下に述べるとおり、本件合意が無効とされる根拠はない。
 被控訴人は本件海域において静岡県知事から免許された共同漁業権を有しているものであり、漁業権は免許で定められた公共の用に供する水面の特定の漁場区域において特定の種類の漁業すなわち水産動植物の採捕又は養殖の事業を排他的独占的に営むことができる権利であって(漁業法二条、六条)、漁業権は当然に漁業のために水面を使用する権能を含むものであるから、そうとすれば、漁業権者たる被控訴人は、漁業権が物権とみなされていることからしても(同法二三条一項)、その漁業権を侵害する者に対しては妨害排除及び妨害予防の請求並びに損害賠償の請求をすることができるものである。
 本件海域における潜水は、たとえダイバーにおいて魚貝類の採捕を目的とするものではないとしても、それによって漁場を荒らし、漁業操業に支障や危険を生ぜしめ、漁獲量の低減など漁業に対して悪影響を及ぼすものであることは明らかであるから…そうとすれば、本件海域における漁業権者である被控訴人は、本件海域において潜水を行ったダイバーに対して、漁業権の侵害を理由に損害賠償の請求を行うことができるものというべきであり、また、本件海域において潜水を行おうとするダイバーに対しても、予め損害賠償の請求をすることができるものというべきである。
 もっとも、あるダイバーの潜水によって具体的にどのような侵害が被控訴人の漁業権に加えられたかあるいは加えられるか、また、その潜水によって具体的にいくらの被害ないし損害が被控訴人に発生したかあるいは発生するか、ということについてはたしかにそれを認定することは困難であるが、しかし、だからといって損害賠償請求権そのものを否定するのは相当でなく(民事訴訟法二四八条参照)、それは損害額の認定の問題として解決すべきである。
 そうとすれば、本件海域において漁業権を有する被控訴人は、本件海域において潜水を行おうとするダイバーに対して、その潜水により発生する漁業権への侵害及び被害ないし損害の発生を予め受忍してその対価として一定額の潜水料を請求し徴収することは許されるものというべきであり、その潜水料の額が著しく不相当でない限り本件合意が無効とされるいわれはなく、潜水料の徴収は法律上の根拠を欠くものとしての不当利得の問題は生じないものというべきである。

差戻前控訴審

ところで、本件は最高裁判所によって差し戻される前の控訴審判決である、平成 8年10月28日東京高裁判決(平7(ネ)4341号損害賠償請求控訴事件)においては、以下の様に判示されて、潜水漁の法的根拠はいったん否定されていました。

「既に判示したところによれば、被控訴人は、本件海域でダイビングをしようとするダイバーから潜水料を徴収する法的根拠がないにもかかわらず、その同意がないのに、潜水料の支払がない場合には、本件海域においてダイビングをすることを禁止する措置を採り、本件海域においてダイビングをしようとする者に対して、事実上潜水料の支払を余儀なくさせたものであり、控訴人は、被控訴人の採った右の措置により、本件海域においてダイビングをするため、潜水整理券を購入して潜水料を支払うことを余儀なくされ、平成元年九月一六日から平成五年五月一〇日までの間に、その支払額が二八七回合計九万七五八〇円になって、右と同額の損失を被り、被控訴人は、右と同額の利益を得たのであるから、右の金員は、被控訴人において、法律上の原因なく不当に利得したものというべきである」。